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監察医 朝顔 感想① 震災とドラマ

娘の彼氏が近くにいることを知らない父親の設定を早々に破綻させてみせた時任三郎に驚いて終わった第2話。気づかない鈍感なお父さんでいくと思っていたので不意を突かれた。彼氏役の風間俊介のコミカルさが、重めのテーマで描かれるこのドラマに絶妙に効いていて心地良い。バレた3話以降の二人の関係性が本編以上に楽しみなところ。

 

戦国大河を欠かさず見ている自分としては、上野樹里と時任三郎の親子というのは感慨深いものがある。江(ごう)と浅井長政。生後間もなく浅井家は信長に滅ぼされたため江には父親の記憶はない。大河ドラマでも上野・時任の共演はなかった。その後数奇な運命を生きてゆく娘と現代においてようやく一緒に生活できたかのようで、実在した歴史上の人物である2人には全く関係はないのだがよかったなと勝手に思っている。

 

第1話は録画していてすぐには観ていなかった。放送後の火曜日には震災の取扱いに賛否両論という責任不在のネットニュースが見られた。ほぼ震災が起きた事実だけを伝えた「半分、青い。」でも相当叩かれていたことを思い出す。描き方によると思ったので観てから感じたことを記そうと思った。

 

医療系ドラマは謎解き部分が面白さの核になることが多いが、今回もそのケースにもれず死因を特定していく過程を描くドラマだ。特殊だったのは謎解きの解答が早目の時間で終わり、後半に多くの時間を割いて主人公の回想シーンに当てているところだ。そこで描かれるのは東日本大震災。さすがに津波や倒壊のシーンはないが、避難所や遺体安置所がリアルに映される。たしかに当事者なら見るのは辛いだろうと感じてしまう。

 

事件や災害を描くとき最大限に配慮しなければいけないのはもちろん被害者・被災者である。描かずに済むならあえて辛いシーンを取り入れる必要はないが、それでも全く描いてはいけないとなると不自然にもなる。私見としては描き方次第だと思うが、どんな出来事にも悲しみはともなうことを考えることが大切ではないかと思う。殺人でも老衰でもペットの死でも悲しみの当事者がいることを念頭に描く。配慮して描くことが大切だろう。配慮の仕方や受け取り方は人それぞれで批判はあるかもしれない。それでもそれを題材とするならば傷つく人たちへの責任を感じて製作する。知りません、関係ないと逃げることは絶対にしてはいけないだろう。

 

震災を題材にしたときの言い訳としてよく「風化させてはいけない」と聞くことが多い。教訓としては忘れてはいけないという便利な言葉ではあるけれどあまり好きではない。本気で教訓とするならば、その残酷性も悲しみも伝えることが大事だと思うのだがどこか軽い印象をうける。ここまで津波が来たというプレートは50年後に住んでいる世代に緊張感をもって伝わるだろうか。風化の抑制を物語に委ねた場合はもっと残酷な描写が必要だと思う。月9の仕事内容ではない。

 

朝顔を見ながら感じたのは医療ドラマというエンターテイメントに、震災で今も苦しんでいる人々の心というエッセンスを取り入れた、今のところ良質のドラマとしてスタートを切ったように思う。悲しみの当事者にとっては私の感想などは他人事のように思われるだろうが、当事者と当事者ではない人間とをつなぐ物語のような気がする。8年経った今も変わらず苦しんでいる人がいることを改めて思い知らされた。当事者ではない人間にとってはどうしても震災は他人事なのだ。風化させないことが目的ではなかったとしても、震災を題材にする意義はある。被災者の心の傷をえぐったとしても、今描かなければならないこともあると思う。8年後の今を今の人々に伝えること、8年後の今を16年後の未来に伝えることは今しか出来ない。

 

物語の中のここまでの比重で東日本大震災を描いたドラマはこれまで見たことはない。責任は重大である。風化抑止を超えた人間ドラマとして我々の心に刻まれる物語になることを期待したい。